宮学会 第27号
                                       平成19年 1月 日


仙台市教育委員会教育長 奥山 恵美子 様

                     宮城県考古学会会長 進藤 秋輝

与兵衛沼窯跡の保存に関する要望書

 貴職が平成18年6月から実施しております「川内・南小泉線」建設に伴う与兵衛沼窯跡(所在地:青葉区小松島新堤ほか)で、古代の半地下式窖窯7基、平窯2基の合わせて9基の瓦窯が極めて保存のよい状態で発見されました。多賀城跡、陸奥国分寺跡出土の瓦との比較検討から、半地下式窖窯で生産された瓦は多賀城第V期の建物に、平窯で生産された瓦は多賀城第W期や陸奥国分寺の建物に使用されたことが確定し、当学会としても平安時代における陸奥国府付属瓦窯の実態が詳細に解明された点で評価しているところであります。また、一般市民の皆様に、当窯跡の意義の普及に努められた過日の現地説明会が盛況裏に行われたことも同慶の至りであります。

 多賀城第V期政庁は780年に伊治公呰麻呂の乱で焼失した政庁を八世紀末から九世紀初めに本格的な礎石建ちの瓦葺き建物に再建したものです。したがって、当窯跡の半地下式窖窯の年代も八世紀末から九世紀初頃になります。

 また、869年には津波を伴う大地震が起り、国府多賀城をはじめ、その付属寺院、陸奥国分寺、同尼寺も甚大な被害を受けました。平安京の律令政府は「陸奥国修理府」を現地に設置し、中央指導で震災復興にあたっています。これが多賀城第W期の段階にあたります。平窯はこの「修理府」の経営による瓦窯とみることができます。

 今回調査された与兵衛沼窯跡の学術的意義や価値としては次の諸点が挙げられます。 

(1)窯本体ばかりでなく、燃焼物をかき出した灰原まで残っており、極めて良好な状態で遺
存していること。

(2)北斜面と西斜面では半地下式窖窯7基(多賀城第V期段階)、その南の東斜面では平窯2基(多賀城第W期段階)があり、窯の構成と単位が極めて明確に把握できること。

(3)平窯2基は半地下式ロストル平窯で、畿内で改良された窯構造が直接導入されており、中央直結の生産体制であることが証明されたこと。

 平窯は平面形横長の焼成室(1号=横2.3m×奥行1.2m、3号=横2.1m×奥行 1.3m)、隔壁、炊口に向かって窄まる逆三角形の燃焼部で構成されます。焼成室・隔壁・燃焼部は半截した平瓦を積み、スサ入粘土で目地仕上げしたもので、焼成室の床には6条の分焔牀(ロストル)が設けられています。平窯の形態、規模、隔壁および焼 成室奥壁に取り付くロストルが6条であるという細かな特徴まで、平安中期の平安宮付属瓦窯である山城栗栖野瓦窯(福枝1号窯)と共通します。平安京の平窯技術が直接導入されたものとして重要な意味を持っています。
 ロストル付半地下式平窯は東北地方では多賀城政庁第U期及び陸奥国分寺創建瓦窯であります台の原・小田原丘陵の神明社窯跡(蟹沢中窯跡)に次ぐ2地点目の発見です。関東地方を含めても、下野国分寺(鶴舞瓦窯跡2基・平安時代)、相模国分寺(南多摩窯跡群8基・平安時代)が知られているに過ぎず、希少なものです。
なお、半地下式ロストル平窯の初現は759年(天平宝字3)から造営が始められた平城京内の法華寺阿弥陀浄土院に供給した山城音如ヶ谷瓦窯です。蟹沢中窯跡は762年(天平宝字6)完成の多賀城U期政庁用の瓦窯ですので、畿内で成立した最新の窯技術が地方に採用された最初の例として注目されていることを申し添えます。

(4)多賀城第V期段階の半地下式窖窯は、北斜面の有階無段のもの3基と西斜面の無階無段のもの4基があり、二つの形態の窯が同時操業していることが注目されること。なお、前者は本県で初めての発見であります。

 仙台市堤町から東仙台に延びる台の原・小田原丘陵は古代の一大窯業地帯であり、戦前から学会で注目されてきたところであります。また、幾つかの地点の調査が行われてきましたが、窯跡群の保護保存がまだなされていないのが実態です。与兵衛沼窯跡はこの台の原・小田原丘陵のほぼ中央部に位置します。仙台市南半には遠見塚古墳、郡山官衙遺跡、陸奥国分寺跡などの国指定史跡がありますが、北半地域では岩切城跡があるにすぎません。与兵衛沼窯跡を中核とする台の原・小田原丘陵の瓦窯群は全国的にも誇り得る仙台市北半の貴重な遺跡であります。
与兵衛沼窯跡の歴史的意義をご賢察され、工事区域内の地形をも含めた窯跡の保存に向けて、道路建設部局と十分協議して頂きますよう強く要望いたします。
 なお、台の原・小田原丘陵の窯跡群についても市・県・国指定などの保護対策をご検討頂ければ幸いです。
                                以上


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